ヨットやボートの専門誌に就職したての頃、取材で一番緊張するのは係船の時だった。皆、当然のように港が近づくと係船の準備に入る。桟橋に颯爽と飛び移り、手に持っていた係船ロープをいとも簡単に支柱やクリート(T字型の係船具)に固定する。その動きの美しいこと! 船は風や潮で流されるので、係船はスピーディーに行うのが基本。船の雑誌の編集者たるもの、ロープワークができないなんてありえない! の世界だったから、昔から蝶結びがどうしても縦になってしまっていた私は、いつも冷や汗をかいていた。
 知ったかぶって、適当に結んでいると大変なことになる。最悪なケースだと、ロープがほどけて、船が漂流してしまう。あるいは、ロープが締まりすぎて、ほどけなくなる。太古の昔から受け継がれてきた古今東西のロープワークは、結び目には強度があり、同時にほどきやすいというのが共通点。まあ、よく考えられたものなのである。
 このロープワークは、船舶免許を取得する時には、必ず実技試験で試される。できないと、絶対に受からない(はずである)。それくらい、重要なものだ。漂流を防いだり、人命救助に利用されることを考えると、ロープワークはまさに命の綱。だから、結ぶのに時間がかかったり、間違えたりすると命取りになる。それゆえに緊張するし、できるようになると格好がいいのである。
 深夜のオフィスで、ロープワークの特訓はしばらく続いた。目をつぶっていても、頭で考えなくても、勝手に手が動くようになるまで、何度も何度も繰り返し、ロープワークの王様といわれる「もやい結び」や「巻き結び」「クリート結び」などを練習した。おかげで、少しずつ冷や汗の量も減り、自分のボートを見知らぬ港に係船し、船を離れられるまでになった(最初は、ロープがほどけて船が流れていってしまうのではないかと心配で、船を離れられないのである)。
 おかの上、つまり一般のアウトドアシーンでもロープワークは大いに活躍する。キャンプに行って、「洗濯物やシュラフを干したいからロープを張って」と頼まれた時、手際よく木と木の間にロープを"ピンと"(←ここが大事)張れると、何だか尊敬される(ような気がする)。あるいは、ロープが切れた時、2本を繋いで応急処置ができたりすると、何だか頼もしい(と思う)。キャンプ道具を開いた時、コールマンのキッチンセットが入っているより、ぶっといロープが現われる方が男らしい(と言って欲しい)。
 ロープワークは、経験と必然の集積である。無駄がなく、確実で、決して裏切らない。そこに美学がある。

アウト道(15)

ロープワークの美学

地味だけれど、アウトドアの基本

 
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