「何でもいいから好きな贅沢をさせてやる」といわれたら、迷わず"昼寝!"と答えるだろう。昼食後の眠気に身を任せ、黄色い光の中で泥のように眠れたらどんなに幸せだろう。そんな贅沢、ここ数年味わっていないように思う。
 さらに贅沢をいわせてもらうなら、自然のやわらかい風に頬をなでられながら、潮騒を聞きつつ、木漏れ日の中で、というのが理想だ。そして、外せないのがハンモック。ゆりかごに揺られるように、もしかすると母親の胎内にいるかのごとく、浮遊感を味わいながらの昼寝は、極上のそれである。
 ハンモックの気持ちよさは、ブラジルでおぼえた。アマゾン川を遡る船の中でもハンモックだったし、マナウスというゴムの街に住む友達のマンションの部屋の中にもハンモックが吊るしてあった。程よい揺れが何とも心地よく、逆に船の中では船体が揺れてもハンモックは傾かないのですこぶる塩梅がよかった。
 もうひとつの利点は、背中が蒸れないこと。背中は布1枚を挟んで宙に浮いているわけだから、熱が適度に逃げていく。この感覚が暑い時期には快感なのだ。かなり大きな布に包まれたようになるので、暑ければ両足で開口部を開いて、寒ければみの虫のように包まって、温度調節を行うことができる。向こうでは毎日使っている日用品なのでとても頑丈に作ってあるから、安心感も高い。迷うことなく現地でお買い上げ、ボストンバッグに押し込んで持ち帰ってきた。15年くらい前の話で、キャンプに行くたびに使っているが、まだ何ともない。
 ところが、キャンプにハンモックを持っていって、昼寝ができたためしがない。真っ先に子どもたちのブランコとなり、いすとなり、乳幼児ベッドとなるのだ。いつか、ハンモックを担いで一人で昼寝に出かけたいとずっと思っていた。
 思ってばかりではつまらないので、実行に移してみた。向かったのは、天草町にある白鶴浜海水浴場。白浜のビーチが1キロ以上も続く、熊本を代表する海水浴場のひとつだ。海の透明度も高い。ここに松林があったのを思い出したのである。
 夏場は混み合うこの場所も、オフシーズンは閑散としている。ビーチでは釣り客が1人、キスの投げ釣りをしているだけだった。天気は底抜けによく、海はエメラルドグリーンに輝いていた。
 さっそく、誰もいない松林の中にハンモックを吊るす。ゆっくりと体を横にすると、イメージしていた通りの世界が広がった。波が打ち寄せる音、あたたかな木漏れ日、心地よい海風、そして独特の浮遊感。「これ、これ」。一人、ほくそ笑む。
 しかし、ひとつだけ誤算があった。私は人一倍寝つきがいい。しかも、眠りが深い。昏睡状態においては、海辺のハンモックも会社のデスクの上も変わりがなかったのである。

アウト道(13)

野外で楽しむ極上の昼寝

白鶴浜でハンモック

 
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