もう10年ほど前になるが、カヌーで坪井川を下ったことがある。坪井川緑地のあたりからカヌーを降ろし、熊本城の前を通って、小島の河口から海に出る15kmほどの行程だ。
 思いつきのきっかけは、至極単純。長塀の前に舟を浮かべてみたかったのである。昔は、米や麦を積んだ舟が行き来し、荷揚場は商人たちで賑わっていたという坪井川。大正の頃までは、川に舟を浮かべて酒を酌み交わす姿も見られたという。凛々しかった往年の坪井川を彷彿せんと、意気揚々とパドルを漕ぎだした。本当は桜の時期が最高だろうが、思いついたのは花びらが散った後だったと思う。
 色々な発見があった。まず、水深が極端に浅い。カナディアンカヌーは水かさが30cmもあれば、船底をこすらずに漕いでいくことができるが、それさえままならずに、舟を降りて船体を引っ張りながら川の中を歩いた場所もあった。
 たくさんの魚がた。主に、コイ。特に錦鯉。おそらく観光的な配慮から放流されたものなのだろうが、びっくりするくらいの数のヒゲ面が出迎えてくれて、ちょっとギョっとなった。
 水は思ったよりきれいだった。ただし、熊本駅周辺を通過するあたりから周りの景色が生活感にあふれだすと、水の色は褐色がかった色へと変化していった。周囲の環境をそのまま反映するのが川なのだということも実感。
 お城周辺の石垣と緑の景色に始まり、船場町、鍛冶屋町、中唐人町、細工町あたりのビル街、駅周辺の住宅街、田崎市場から先に広がる田園地帯、そして有明海に面した漁港の風景と、周囲の景観は次々に変化する。しかも、普段見ているのとは反対側から、つまり裏から街を眺めることになる。加えて、極端なローアングルからの視点である。これがまた面白い。たった15km間に、38もの橋をくぐる経験もなかなかのものだ。
 街中のアウトドア体験は、意外とエキサイティングなのだ。車に2時間揺られて大自然の中に行かなくても、ちょっとした冒険気分は味わえるのである。特に川は、街と自然とが接し、共存する唯一の場所として、新鮮な体験ができるフィールドだ。都市機能の中に深く入り込んでいる東京や大阪の運河などは、ぞくぞくするような異空間として存在している。上空を走る首都高速道路でふたをされ、何本もの巨大な橋脚が川の中に突き刺さっている薄暗い日本橋川を小型のボートで走ったことがあるが、興奮と恐怖と感動を覚えたのを憶えている。
 野外体験の醍醐味は、非日常的な空間の中にある。そしてその空間は、意外と身近なところにあるかもしれないのだ。熊本の川は都会の運河ほどの刺激はないかもしれないけれど、きっど新鮮な発見があるはず。自分たちが住む街を、たまには視点を変えて眺めてみるのも悪くないと思う。

アウト道(11)

街中のアウトドア

川の上から眺める熊本の街

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