今年のゴールデンウィークに、家族や親戚と天草にキャンプに行ったときのこと。転勤族である妹の家族がテントを持たなかったので、キャンプ場のレンタルテントを借りることにした。これが懐かしの三角テント。強烈な重さだ。しかも、張ってみると床がなかった。最近のテントはドーム型やハウス型が主流で、居住性が極めて高く、軽くて、コンパクト。屋根や壁の部分と床は一体化している。
「そういえば、昔はテントのまわりに溝を掘ってたよね」
 昔話に花が咲く。キャンプに行って、最初にやることは草刈りだった。草を刈って広げて、乾いたらその上にグランドシートを敷く。そして、そこに三角テントを張り、周囲に溝を掘る。周囲の雨水は溝を伝い、テントを伝って落ちた雨水は草の下を流れていくという仕掛けだ。まだ、施設の整ったキャンプ場などなく、林道の脇などで野営していた頃の話である。
 小学5年の頃、お年玉をためて自分のテントを買った。当時、2500円だったと記憶している。もちろん、黄色の4人用「三角テント」である。私はがまんできずに自宅の庭で設営と撤収を繰り返し、何度もそこで寝泊まりしてみた。それに飽き足らなくなると、近所の山に登ってはテントを張り、飯ごうめしを食べて帰るというデイキャンプを1人で続けていた。テントの中は小宇宙であり、誰にも邪魔されない私だけの世界であり、冒険旅行の入口だった。目がチカチカする黄色い空間で、何時間も空想を楽しんでいたのを憶えている。
 その後、家族を巻き込んでキャンプをするようになってからは、父が8人用の大きな三角テントを購入したのを契機に、私のテントは倉庫用になった。でも、大きなテントの中に小宇宙はなかった。
 アメリカ製のキャンプ用品が安く輸入されるようになり、自分の家族ができると、私のテントもいつの間にかドーム型になっていた。中が雨水でびしょびしょになることもなくなり、入口には網戸もついて快適にはなったが、やはりそこに小宇宙はなかった。
 20年ぶりくらいに冒険旅行の入口を発見したのは、バイクでツーリングをするようになった30代前半の頃。1人用の小型テントに潜り込んだら、中には昔のあの空間が広がっていた。問題は大きさや機能性ではなかったのだ。
 野田知佑や椎名誠のエッセイを読んでいると、自宅の部屋の中や屋内にテントを張る話がよく出てくる。「わかる、わかる」と頷きながら読んでいる。とにかく、テントの中は落ち着くのだ。いつでも、どこでも、テントを張れば、お気に入りの自分だけの空間がそこに出現するのである。ただし、一つだけ条件がある。中には誰も入れないことだ。

アウト道(7)

テントの中の小宇宙

そこは冒険旅行の入口


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