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消えたレイバンは 東シナ海の洗礼


走り慣れた不知火海を抜けて東シナ海へ。いよいよ未知の海に挑戦である










鹿児島の西岸、東シナ海の色は紺碧、いくつもの岬をかわしつつ、南下を続けた

 

 それまで真っ平だった水平線は、ギザギザになっている。波高は1.5〜2mほど。ところどころに白波が立つ程度の風で、ほぼ真向かい。南南東だ。
 回転数を4800に落とし、18ノットで走る。一応、予定のスピード。この程度まで落とせばそれほどきつくはない波だが、時折波間に艇体が落ちて、底から突き上げるようなショックがくる。

「いよいよ、外洋です」
「はい」
「東シナ海もなかなかやるもんですね」
「こんなのがずっと続く訳ですね」
「おそらく、これから状況はどんどん悪くなるでしょう」
「はあ…」

 沖縄の南に発生したという熱帯低気圧の事はずっと気になっていた。これが台風になって北上を続け、大平洋高気圧の縁に沿って進路をとると、九州を直撃という事になりそうだ。早ければ、2〜3日後には上陸という事も考えられる。どうするか。スタート直後の足留めは、精神的にもやっぱりきつい。
 右手前方に甑(こしき)列島、左手に川内の原子力発電所。進行方向の前方にはうっすらと野間岬が見えている。その先端に船首位 置を合わせて、18ノットの走行が続く。走りながらおにぎりを頬張る。ペットボトルのお茶で流し込んで、最初の昼食を済ませた。岬の上空は青空と雨雲の無気味なコントラスト。
「雨がくるかもしれません」
 濡れては困るものをしまい込み、カッパを着る。天狗鼻、大辻鼻、鳥羽埼とクリアしていくと、左手に串木野の町が見えてくる。このあたりから、海の色が紺碧となり、周囲をトビウオが飛び出した。
 日本三大砂丘のひとつである吹上浜の沖合いを通過中、ついに上空を雨雲で覆われる。大粒の雨がデッキを、荷物を、カッパを激しく叩く。
「きましたね」
「九州一周、初の洗礼ですね」
 雲の動きは速く、20分ほどで雨雲地帯を抜け出すことができた。しかし、風が強まり、波も大きくなる。
  野間岬もあっという間に見えなくなり、視認できる目標物が何もなくなる。風が左舷船首にあたり、ちょっと気を許すと風下に落とされるので、GPSを見ながら205度をキープ。そのまま、風雨が強まるようなら野間岬の手前にある野間池港に入るつもりだったが、岬に近づくにつれて天候は回復し、前方には青空も見え始めたので、そのままの針路を維持。
「あっ」
 後部デッキで荷物をいじっていた高橋さんが声を上げた。
「どうしました」
「メガネ、サングラスが…」
 波のショックでサングラスが吹っ飛んだのである。
「度付のレイバン、高かったのに…」
 今回の行程の中では、様々な海への捧げ物をすることになるのだが、その第一号がレイバンのサングラスであった。今も吹上浜の沖に沈んでいるはずである。
(つづく)


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