そこは林道からさらに脇道に入った、どん詰まりの場所。周囲を岡が取り囲んでいて、小さな盆地のような地形だ。上を見上げると、気持ち良くだ円形のい空が広がっている。奥深い山の中の、ポッカリ空いた天に続くトンネルのようだ。
フラットな地面には、小さな杉の苗が植えてある。その奥には段々で畑の跡らしきものが見える。
しかし、一番心を動かしたのは、サラサラという音だった。駆け出すようにして音に近づき、覗き込んでみると清冽な小川が流れている。目をこらすと、沢ガニもいる。決して大きな流れではないが、必要絶対条件をみごとクリアしている。
自然と口の両端がだらしなくなっていくのが分った。
「いいですね、ここ」
「私も偶然、仕事中に来たことがあって、いいところだなって思ってたんですよ
」
鹿北町役場の田中さんが答える。
「借りられますかね?」
「さあ、どうでしょう? まずは持ち主を確認してみないと」
「そうですね…」
その後も何カ所か候補地を案内してもらったが、“心ここに非ず ”
状態だった。 恋に落ちた少年のように、頭の中はその場所のことでいっぱいだった。
「やはり、あそこがいいんですねど」
別れ際に、田中さんにもう一度お願いをした。
「わかりました。当ってみましょう」
「お願いします!」
やっと、このプロジェクトも実現へ向けて少し動き出しそうだった。しかし、後は返事を待つしかない。待つしかないというのは、恋する少年には辛いものだった。以前にも紹介した「小屋の力」という本を眺めたり、書いてもらった設計図に色をつけたりしながら、じっと待った。
田中さんから電話があった。随分時間があいたような気がしていたが、2週間くらいだったかもしれない。
「持ち主が分かりました。会ってもいいと言ってくれているので、一緒に訪ねてみましょう」
「あ、ありがとうござます」
役場からほど近く、岩野川のほとりの大きな家に住む太田黒さんを訪ねた。
「おう、よく来なはった」
太田黒さんは、私の目を見ずに田中さんの方を向いてそう言った。明らかに、警戒している。突然やってきた、得体のしれない男が「おたくの土地を貸してくれ」と言っているのだ。無理もない。
一生懸命、説明をした。畑をやりたいこと、小屋を建てたいこと、あの場所が理想的であること、これからこんなことを考える人が増えるであろうことなど。
「まあ、町の人が考えることはオレには分からんばってん、役場の人がよかていうなら、よかでっしょ」
太田黒さんは、最後にそう締めくくった。
(つづく)
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▲林道から細い脇道に入り、薮の中を進むと、突然視界が開ける。道はここで行き止まり
▲そのまま飲め添うな水が流れていた
▲杉の植林がしてある脇にちょっとしたスペースがあった。おそらく車を転回するために作られたものだと思うが、ここに小屋を建てられればなぁ…
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