九州一周最後の夜は、シーフードバーベキューと刺身である。「食材は現地調達」という目標を、最後の夜に完璧な形で果
たす事ができた。サワラとアジとサザエ。豪華ではないけれど、最後の晩餐のメニューとしては悪くなかった。
金網の下の炭火から、ふと視線を上げると、高橋さんの箸があまり進んでいない。実は、こちらも同じであった。
「いよいよ終わりですね」
「明日の今頃は、クーラーのきいた部屋でテレビでも見ながら家族と夕食を食べているわけか」
「なんだか信じられないような気がするなぁ」
心地よい潮風が吹き抜けていく。人口10人のこの島の住人は誰もが寡黙で、時折ボソボソとした話し声が聞こえてくるだけである。あとは砂を洗う波の音、足下の炭のはじける音。
思いつきだった。18年ぶりに九州にUターンすることになって、これからずっと暮らしていくことになるだろう7県からなるこの島を、海の上から眺めてみたいと思った。
とは言っても、17フィートのボートでそんなことができるのか見当もつかなかった。無謀なことなのか、とるに足らないただの安直な長距離クルージングなのかの判断さえつかなかった。
しかし、地図を見ているうちに、海図を見ているうちに、思いつきは衝動にかわり、未知は憧憬にかわっていった。居ても立ってもいられなくなり、周囲の人間に吹いて回り、説得し、引き返せないところまで自分を追い詰めていった。
相棒にも恵まれた。フリーランスのカメラマンである高橋さんにとって、2週間もの現場離脱は色々な意味でリスキーだったはずである。しかし、彼は心からこの航海を楽しんでいてくれたし、日程がずるずると伸びても愚痴ひとつ言わず「なるようにしかならないでしょう」と言ってくれた。それは心底ありがたかった。
(つづく)
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