湾の中は静かだが、外はいったいどうなっていることやら。想像しただけで、気が重くなる
キャンプを張ったビートの目の前には、ご覧のような奇岩が。天気さえ良ければ、台風さえ来ていなければ、最高に気分いいばしょなんだけどナ
|
|
真夜中、テントを叩く風と雨の音で目が覚めた。目を開いても、何も見えない。真の闇である。
隣では、高橋さんの寝息が聞こえる。手探りで懐中電灯を探し、時計を見る。午前3時半。ファスナーを開いて、顔だけをテントの外に出してみる。
横殴りの雨だ。時折、とんでもないブローが背後の山を駆け下りてくる。
ボートが心配だったのでゴソゴソとテントを抜け出し、懐中電灯で海の方を照らしてみる。風にあおられてゆらゆらとローリングしているものの、アンカーはしっかり効いているようだ。陸側の舫いロープを確認して、テントに戻った。
出港は無理かも知れない。やはり坊津で足留めか。そうなれば、まず安全に艇を係留する場所を確保しなければいけない。泊まるところはあるかナ、映画館はなさそうだナ、若い女の子も見かけなかったナ、3日もいると退屈しそうだナ…。
あまり考えると寝つけなくなりそうなので「どうにでもなれ!」と腹をくくって目を綴じた。
次に目を開くと、テントの中が薄らぼんやり明るくなっていた。雨の音もしない。風も随分落ちたようだ。5時ちょっと前である。
ラジオと電話で天気予報を聞いてみる。間違いなく状況は悪化の方向へ向っているようだ。熱帯低気圧は台風7号と化し、北へ、つまりこちらへ向っている。鹿児島の南海上は午後から時化る、とラジオから淡々と声が聞こえている。幸い、まだ波浪警報は出ていないようだ。枕崎まで行くなら今しかない。
「出ましょう」
急いで身支度を整え、太股の当たりまでじゃぶじゃぶと海につかりながら、黙々とボートまで荷物を運んだ。ビーチングはこれがあるから厄介だ。少なからず、乗り降りの際には服を濡らさなければいけない。当然、季節も限定される。今は夏。短パンの下にはパンツもはいていないので(着用しなくても一向に不便を感じる事はなかったのは発見)、濡れるのも気にならないが、寒い時期はそうもいかないだろう。
「あっ」
ふと気付いた事があった。短パンのポケットを手で押さえると、固く、細長い物体。携帯電話だ。ポケットは海水の中。むろん、携帯電話も海水の中である。
「げっ」
あわててポケットから取り出したが、ポタポタと潮水が滴り落ちる物体からは、二度と人の声が聞こえてくる事はなかった。レイバンのサングラスに継ぐ、2つめの海への捧げものとなった。
しかし、非常時の通信手段が断たれたことは極めて大きな痛手だったが、高橋さんの携帯はまだ生きていたし、逆にこれで完全に現実から開放されたような気持ちにもなった。最近は携帯電話が手元にないと何やら落ち着かないような生活を送っているので、有無を言わせない理由による世事からの離脱は、妙に晴々とした心持ちにしてくれたのである。
(つづく)
|