「うおお〜っ」
特大のうねりが来ると、高橋さんからうめき声がもれた。
「す、すごいですね」
「なかなかですね」
「これって、普通ですか?」
「普通じゃないですけど、大丈夫です」
本当は「大丈夫ですか?」と高橋さんは聞きたかったのだと思う。そして「大丈夫」だと言って欲しかったのだろう。
午後3時過ぎ、観音埼沖で2回目の給油タンクの切り替えを行う。高橋さんは少々グロッキー気味で、ベンチ型のドライバーズシートに座り込んでいる。
追い討ちをかけるように、前方には真っ黒な雨雲。覚悟して突っ込んでいくと叩き付けるような雨に包まれた。視界は全く利かないので、方位
とGPSだけを頼りによろよろと進んでいく。雨と打ち込む波で、足下はチャプチャプ状態。ブルジポンプは回しっぱなしだ。
雨雲の切れ端に来ると、雨雲に覆われたどす黒い海面、曇り空を映し込んだグレイの海面
、陽が当っている真っ青な海面が美しいグラデーションを作っていて、その向こうにはうねりにまみれてグニャグニャになった海の上にうっすらと虹が浮かんでいた。
志布志湾の南岸、火埼を回ったのは午後5時。当初の計画では志布志港か福島港に入ろうと思っていたのだが、南寄りの強風が吹いていたのと、走航距離を最小限にするために最も南に位
置し、風裏となる内之浦港に入る事にした。
北西から北東に転進した途端、真後ろから波を受ける事になり、仕方なくジグザグに走っていく。岬を回り込んで、再度南西に回頭、湾内の風裏に入ると嘘のように海面
は静かになった。
緊張感がプツンと音を立てて切れ、ドカッとシートに腰を落とした。考えてみれば出港以来、立ちっぱなし、メシも食わずの8時間連続走航である。60マイルを8時間だから平均時速は7.5ノット。トローリングをしていた時間を差し引いても10ノットには満たない。
手はしびれ、後頭部がボッーとして、膝はガクガクだ。振り返ると、航海灯のマストがいつの間にか吹っ飛んでいた。
「あっ、小便」
思い出したように、二人してデッキの縁に立って用を足した。
その日初めての小便であった。(つづく)
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